マインドフルネスとの出会い

マインドフルネスとの出会い

僕がマインドフルネスに出会ったのは大学4年の時であった。

就活に全落ちし、生気のなくなった僕は途方に暮れていた。

 

その時の僕は、生気が本当になかった。

それを表すエピソードがある。

先輩から紹介を受けた某人材系の社員の方に会うために銀座に行った時のことだ。

その方の第一声が

「あれ、君、生きてるよね?」

「あ、一応、生きてます。。。」

「そうかそうか、あまりに覇気がないもんだから(ガハハ)」

「ははは・・・」

 

僕はその時、そこまで生気がなくなってることをようやく認識したのだった。

 

このような先が見えない真っ暗な状態で、4年生の4月を迎えた。

何気無しに取った早稲田OB起業家の授業。

そこから僕の運命の針は、またカチッカチッと音を立てて、動き始めた。

 

そんな時だ、僕とNが出会ったのは。

その授業にはビジコンがあり、履修生同士でチームを組むことになっていた。

そこで、同じ愛知出身の政経1年のNと自分は同じチームになった。

Nは、及川光博のような切れ長の目をしていた。

2浪東大落ちだが、2浪という部分に何の負い目も感じず、自信を漂わしている不思議なやつだった。

僕らはすぐに仲良くなった。

 

Nは、就活で落ち込んでいる僕に、

N
欧米でこんなのが流行ってるらしいですよ

 

とあるものを紹介してくれた。

それがマインドフルネスであった。

 

初めての起業

その後、僕らはチナパというインド人留学生を仲間に加え、2013年12月26日に株式会社Algoを設立した。

(資料を役所に提出し終えた後の一枚)

 

家庭教師事業や受託事業などやる中で、僕らは、マインドフルネスに可能性を見出していた。その効果を肌で感じていたからだ。

しかし、今でこそ、マインドフルネスはテレビや雑誌で紹介されるようになったが、その当時はまだ全然広まっておらず、なにそれ?状態であった。

 

そのため、どうしようかと考えていると、マインドフルネスを研究している人が早稲田の先生でいることが分かった。

その先生が所属しているマインドフルネス団体の打ち上げが、大学近くで行われていることが分かり、突撃潜入することにした。

 

そこで、マインドフルネスを教えているという大阪在住のYさんと出会った。

Yさんは、50代で、俳優の笹野高史さんによく似た感じのいい方だ。

その人経由で、元文部科学省の官僚で、コーチング領域で独立して、マインドフルネスをやってるMさんと出会った。

Mさんは、40代で、ディーンフジオカさんみたいな端正な顔立ちで、声も優しく、表情も優しい素敵な方だ。

Mさんは、官僚時代は、激詰めする怖い感じの上司だったらしいがマインドフルネスにより、人が変わったと言っていた。

 

早速、マインドフルネスを教えられる人と繋がることができた。

となれば、あとは誰にマインドフルネスを提供するかだ。

当時、渋谷にあったベネッセが運営しているEd Tech Labという場所を訪問することにした。

そこは、教育系のベンチャーを支援している施設で、

当時、Brain Warzを開発中の株式会社トランスリミットの高場さんとかがいらっしゃった。

 

はじめてのマインドフルネスセミナー

そこの方に場所を使わせてほしいと交渉し、始めてのマインドフルネスセミナーを開催することになった。

秋も深まる10月のことだ。

Facebookでイベントページを作り、集客をしたところ、20~30名ほどが集まった。

 

結果として、初めての開催としては上々であった。

次は、どうしようかと話していると、IT企業でやりたいよねという話が持ち上がった。

しかし、僕らでは、IT企業にツテはなかった。

 

そこで、その時、会社の監査役に入ってくれていた元上場企業の役員の須田さんに相談を持ちかけたところ

須田さんが監査役をやられている弁護士ドットコムさんで、マインドフルネスの講義をエンジニア向けにやることができるようになった。

 

今度は、臨床心理士をやられていて、中国語の先生もやられている方に頼むことにした。

こうして、企業に対してもマインドフルネスを提供することができた。

 

この2回やる中で、もっと科学的なエッセンスを入れたり、聞く方が分かりやすい形での提供が必要だと感じていた。

思えば、この時に「自分でやれば良いのではないか?」と思うようになったのが、今に繋がっているのかもしれない。

 

企画する側から教える側へ

そこからしばらくマインドフルネスからは離れることになるが、個人的な習慣としては絶対に欠かせない習慣になっており、続けていた。

2015年になり、僕は渋谷にあるTECH LAB PAAKという起業家やエンジニアが集まるコミュニティに入っていた。

ある日、そこのコミュニティの人たちが一同に集まる会があった。

司会の人が会を進行していく。

司会者:「それでは懇親会に入ろうと思いますが、何かご質問ある方はいますか?」

 

「マインドフルネスで何かやりたい」とずっと心の内で思っていた僕は、反射的に手を挙げた。

 

僕:「マインドフルネスで何かやりたいと思っています!興味ある人いたら後で話したいです。」

と一言だけ伝えた。

 

すると、懇親会で一人の佐藤健似の男性が話しかけてくれた。

 

Aさん
マインドフルネスやってるの?
熊谷
はい!広めたいなと思っていて
Aさん
僕もマインドフルネスには関心があってね。
熊谷
ほんとですか!何か一緒にやれると嬉しいです。
Aさん
改めて、後日話そうか。よろしくね!

 

Aさんは、神経科学(日本でよく言われる脳科学)をアメリカの大学で勉強し、日本でその知見を活かし起業している方だった。

マインドフルネスを科学的に捉えたいと考えていた僕には、大変な幸運だった。

Aさんの協力の元、議論を進めるうちに、マインドフルネスがどんどんと科学的に分かるようになっていった。

 

そして、2015年の12月に、TECH LAB PAAKにて合同でセミナーを行うことになった。

この時の内容は、日テレのSENSORSに取材していただき、こちらに掲載してあります。

 

もともと人前に立つことが得意でない自分は終始、心臓がバクバクしていた。

内容もまだまだ荒削りだったものの、この機会で「企画する側から教える側」となった。

 

「大変だったけど、楽しかった」

これが率直な意見だった。

 

深く、もっと深く

 

「マインドフルネスをもっと深めたい」

 

自分の中に、そんな思いが芽生えていた。

しかし、ちょうど2016年に入ってから、新しいITの会社を創業するためにパワーをそちらに注いでいた。

そこから時は経ち、2017年2月。

 

思いもよらない話が舞い込んできた。

今度、Aさんが一緒にプロジェクトを推進している一部上場企業で、マインドフルネスを取り入れた研修を行うことになっていて、

そのマインドフルネス部分の講師をやらないか?という提案を頂いたのだ。

 

「どうしよう・・・」

 

すでに自分が経営陣の会社はアプリもリリースして、投資も受けており、まさにこれから!の状況であった。

ここで果たして、経営陣である自分が、他に力を割いていいものか・・・

悩みに悩んだ。

 

しかし、マインドフルネスを広めたいという思いに嘘はつけなかった。

代表には相談して、会社の方はしっかりとやると約束をし、承知をしてもらった。

 

そこからは案の定、大変だった。

本番まで約4ヶ月。

 

仕事の合間や仕事の後に、2ヶ月に及ぶ研修プログラムの内容をAさんの会社のメンバーSさんと考えていった。

よく新宿のスタバや、明大前のスタバなどで、閉店するまで内容を考えたり、スライドの作成をやっていた。そのため、スタバは自分の中で、血と汗の思い出の地となっている。

 

なまじ神経科学の知見はないため、Aさんに忙しい中、時間を作ってもらいフィードバックを何回も受けさせてもらい、大枠が1ヶ月ほどで完成した。

そこから、そのできた研修内容を毎週、朝5時に起き、所沢にある塾で実践させていただき、ブラッシュアップをしていた。

 

ここでは、人前で喋ることの難しさを痛感した。

 

「まぁいけるだろう」

 

はい、これはいけません。

まぁいけるは、まぁいけない

 

自分の作ったスライドを話すも、自分が何言っているかわけわからない。声が震える。

聞いている方が「大丈夫かこいつ」という顔でこちらを見てるように感じる。

脇から汗がタラ〜と滴れるのが分かる。

口がパサパサになる。

手汗で手のひらがビシャビシャになる。

心臓の鼓動が早まる。

 

あれは、本当に地獄の時間だった・・・

 

やりすぎだろというぐらいがちょうどいい

 

この時の経験から学んだ教訓だ。

そこから、友達などにも協力してもらい、練習を重ねていった。

 

プロということ

ムワッとした気候になり、汗ばむようになった6月。

ついに本番を迎えることになった。

 

会場に入ると、目の前には30人ほどの受講生がいる。

皆、管理職のため自分より年上で、2周り以上年上のお父さん世代の方もいらっしゃる。

 

ついに研修がスタートした。

自分のパートが、どんどんどんどん近づいてくる。

心臓の高鳴りが、止まらない。胃が雑巾絞りされてるかのように痛む。

何しろ今回は練習とは違う。

 

一発勝負だ。

 

最初で、全てが決まる

 

最初につまずくと、そこから信頼感を獲得していくのは難しい。

これが僕をさらに緊張させた。

 

落ち着かせるために、スタバで買ったホットのアールグレイティーを何度も口にした。

 

・・・

Aさん:次は、マインドフルネスパートです。

 

!ついに自分の番がきた。

一つ大きな深呼吸をして前に出ていった。

あたりを見回し、受講生は皆、友達だと思うようにした。

戦場カメラマンの渡部陽一さんを憑依させ、あのようなゆっくりした喋り方をするように心がけた。

1つ1つ練習したセリフを役者のようにこなしていった。

 

最後に「これからよろしくお願いいたします。」

と付け加え、僕のパートは終わった。

 

研修終了後に

Aさんに「なかなかよかったよ!」と言われて、心から安堵した。

ただ、身体の方は反動で、胃はずっと痛く、その日は何も口にすることができなかった。

 

そこから、2ヶ月の間、またスタバで作業や場所を借りて練習に励み、無事に研修は終了した。

この経験は、本当にいい経験となった。

 

Aさんという一流と一緒に働くことができ、プロとして人の前に立つことの重みを体験することができた。

「プロということ」

これを学べたのは人生でかけがえのないものとなった。

 

次の道

この研修経験を経て、今度は一人での講義にトライすることにした。

ちょうどタイミングがいいことに、僕も卒業生のプログラミング教室「TECH::CAMP」でやれることになった。

この経験を経て、一人でもやれるという自信を得ることができたと同時にプロとしての自覚もより増しました。

 

2023年までに1000万人にマインドフルネスを届ける。

2018年中に1000人を目標にしている。(現在105人)

これから道を切り開きます。

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